kawausonotetugakuのブログ

哲学書や思想書を使って現代社会を分析していきます。

オルデガ『大衆の反逆』を10分で解説

スペインの哲学者オルデガ・イ・ガセットが書いた『大衆の反逆』は現代社会を理解する上での必読書です。

今回は『大衆の反逆』について解説していきます。

この本の画期的な点は大衆を階級的な視点で捉えていないことです。どういうことか、実際に見てみましょう。

『したがって社会を大衆と優れた少数者とに分けることは、社会階級による区別ではなく、あくまで人間としての区別なのであって、上層階級と下層階級という序列ではない。』(オルデガ・イ・ガセット 佐々木孝訳「大衆と反逆」岩波文庫 2020年)

そうオルデガが言う、大衆とは一般民衆という意味合いではないのです。会社員だから大衆だとか、ましてや人種などによる区別でもありません。あくまでも人間性の観点から大衆を捉えるのです。

では、どういう人達が『大衆』と呼ばれるのでしょうか?

 

『大衆とはおのれ自身を特別な理由によって評価せず、「みんなと同じ」であると感じても、そのことに苦しまず、他の人たちと自分は同じなのだと、むしろ満足している人たちのことを言う。』(前掲書、P69)

 

つまり、オルデガ曰く、大衆とはみんなと同じであることを望む人たちなのです。みんながそうしているからと足並みを揃え、満たされるように感じる人たちのことを彼は『大衆』と定義しているのです。

 

続いて、オルデガはなぜ人々が20世紀に突入して生きづらさを感じ始めたかについても説明を加えました。

『すなわち、私たちの生は、可能性の選択肢としては素晴らしく豊かであり、歴史上知られたどの時代よりも優れている。しかし、その規模が他よりも大きいというまさにその理由から、伝統として残されたあらゆる河床から氾濫し、原理や規範や理想を超えだしてしまったのである。それは他のどの生よりも生そのものだが、しかし、まさにそのためにより多くの問題を孕んでいる。過去からの方向付けが不可能なのだ。だから、おのれ自身の運命をおのれで作り出す必要に迫られる。』(前掲書、P114)

ここで彼が言いたいのは、人生や思想における選択肢が大きくなりすぎたということです。19世紀までは合理論という思想(理性が万能であるとする思想)が支配的で理性によってどこまでも世界が広がっていくように感じられました。理性によっていずれ真理に到達できるだろうという合理論が圧倒的に人々の心を支配していたのです。

つまり、合理論という最強の哲学によって進むべき道は定められ、それは過去からずっと繋がっているという意識が確かにあったのです。

しかし、理性が万能であると信じていた人たちの心が打ち砕かれる出来事が起きました。それが第一次世界大戦第二次世界大戦です。つまり、理性が生み出した科学兵器が人間を殺戮しまくるという大事件が起きました。

この大事件によって理性は万能ではないということが証明されてしまったのですね、

今まで理性が万能であるという合理論を信じて敷かれたレールに走っていた人たちは突然、道を閉ざされた形になります。

そして、合理論という最強の哲学が除外された結果、何が正解かがわからなくなってしまったのです。そして、過去の思想に頼ることもできなくなり、自分たちで新しい思想を見つけ出す必要が出てきた。

これが『おのれ自身の運命をおのれで作り出す必要に迫られる』ということの意味です。

 

自分で生きる考えを導き出そうとした実存主義の哲学が合理論と交代して登場したのもこれが理由です。

我々は過去に頼ることができなくなり、自分たちで正解を見つけ出さなければいけなくなったことが私たちの生きづらさの正体とも言えるのです。

 

最後に蛇足ですが夏目漱石もオルデガともっと分かりやすい言葉で似た指摘をしているので見ていきましょう。

『今日は死ぬか生きるかの問題は大分超越している。それが変化してむしろ生きるか生きるかという競争になってしまったのであります。生きるか生きるかというのは可笑しゅうございますが、Aな状態で生きるかBな状態で生きるかの問題に腐心しなければならないという意味であります。活力節減の方で例を引いてお話をしますと、人力車を挽いて渡世するか、または自動車のハンドルを握って暮すかの競争になったのであります。』(夏目漱石『私の個人主義講談社学術文庫 1978年 P52)

身分制の時代は農民として生まれた以上は農民として生きるか死ぬか以外を選ぶことは不可能でした。しかし、身分制が消滅して様々な選択肢が出てきた結果、逆に生きづらくなってしまった。これを夏目漱石は生きるか生きるかの時代の到来と呼んでいるのです。

 

 

参考文献

オルデガ・イ・ガセット 佐々木孝訳

「大衆と反逆」岩波文庫 2022年

 

夏目漱石『私の個人主義講談社学術文庫 2018年